詩集

滑り臺

詩集は一気に青年時代へと螺旋の渦に入ったように記憶を底へと引き込んでいく。

昭和49年、前橋から見える赤城山にはまだ深く残雪が見え、前橋特有の強い冷風がまだ土地には緑の芽吹きも無いなか、砂塵を伴って吹いている。

何も遮るものない白赤い大地が砂漠のように一直線に赤城山へと続いて見える。

時折舞い上がる粉のような砂塵が、北向きの窓の隙間から流れ込むように積もってくる。

人の消えた公園の滑り臺の滑る権利を幼子から失わせた季節が、この地に住む権利を自ら捨てさせ、内なるところへ固くしまっておくように導き、やがて引き出しに残っていた1枚のメモのようにいつか見つけられる事になるのだろう。

この年、井上靖の詩集をまとめて後輩の運転するトラックへ積み込み、前橋の郊外の赤城颪に包まれていた一軒家の住宅から栃木県へ引っ越した。

ずっと今まで二度と開かれることなく詩集は他の蔵書とともに書棚にあった。

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