胎児でいることが母体から突然に分離、分断されることがある。流産と早産そして満期に至った分娩である。中でも時を待たず中断される妊娠は、陣痛という解き放されない人類的事情の上に母にはさらに大きな心の傷を残し、新生児には生命予後さえ覚束ない自然現象と捉えられる。このことに医療者は強烈な衝撃を胸に秘めながら一歩ずつ原因と予防、治療に心血を注いできた。
救いようもない時代におかれた早産には、その時々の条件に新生児の命が預けられたものになっていた。
七か月子は生きるが、八か月子は生きない、頭の中にぼんやりと残る古老の産婆の話は物悲しい。その意味さえまともに捉えることはできないのだ。
昭和初期のこと、早産児は生きるも亡くなることも自然の摂理であっただろう。生まれた子は母親の胸に少しの間抱かれた後は、新聞紙にくるまれ、更に綿入れにくるまれて湯たんぽを置いた行李の中に寝かされ、押入れの中に入れておかれた。明日元気なら乳をやるから、お乳だけは出すようにしとくだよと言って産家を去る以外になかったのだ。
新聞紙にくるまれた児は、新聞紙から適切な保温と湿度の維持を受け、新聞紙の持つ防虫抗菌作用に守られた存在だった。新聞紙は当時食物を保存する際に広く用いられていて、きっと児の保護にも効果があると考えたに違いない。当時の押入れは、周囲が土壁のため温度は一定で冬は暖かく、夏には涼しい環境でもあった。
果たして七か月子は翌日には啼泣し、母乳を飲んだとされた。七か月子が生きたのは、まだ代謝が低く生きるためのエネルギー消費が少ないためだったのかも知れない。
早産児に乳を与える方法を教えてもらった。茶碗に砂糖水か母乳を入れて綿花を撚って軸状にして茶碗に浸し端を吸い上げさせるのだと、行燈の油を灯すのと同じだ。
大正時代から昭和初期での生後5日目までの新生児死亡は、100人生まれれば15人から16人が死亡していた時代のことである。
妊娠が途絶される現象には多くの謎があり、現在の医学でも確実に原因を解明、把握できないままである。ただ、母児に起こりうる状況を適切に診断できる技術・知見が発達して効果的な治療に繋げることが可能になったことと、早産児の呼吸管理を含めた治療技術が格段に進歩し、新生児管理の発展が現在の新生児予後の向上に寄与していることは言うまでもない。
僕が医者になった時代では、新生児の呼吸管理はバッグ・マスクを交代で徹夜する意外になす術もなかった。適当な新生児用人工呼吸器が無かった時代では、成人用人工呼吸器の圧を調整するため水を詰めた筒を用いて呼吸器の圧力を調整する工夫がなされた。後に新生児専用の人工呼吸器が開発され、呼吸管理の予後が著しく改善されてきた。その後、新生児用CPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)も開発され、一次施設においても使用されるようになり、呼吸障害の管理に大きな進歩があった。
切迫早産の診断を受けた母体の管理も変遷し、ヒトは重力に抗して妊娠を維持させているとの説を基に、切迫早産ではこの重力から解放してあげることが治療につながるのだと考えても不思議ではなかった。かつて実際の治療の現場ではベッドの足側を10㎝ほど挙げて寝ることで子宮口への重力的負担を軽減させたこともある。
出産は、子宮収縮が生じて起こることは明らかなため、子宮収縮を抑制することが予後の改善につながった。1970年代に外国の産婦人科系ジャーナルに南米系の著者の記述があり、子宮収縮抑制のためにアルコール摂取を勧める記述が見られ、オリジナルにはウイスキーに換算して30~60mlを飲用するとされていた。確かに効果的であったとの追試験から、アルコール点滴薬が開発され点滴治療に用いられたが、効果の不安定性、母体の酩酊、やがて児のアルコール障害の可能性を指摘され短期間での治療法に終わった。また、アドレナリン(ショック時などに用いる)も強力な子宮収縮抑制作用を持つため、使用が試みられたが血圧の過度な上昇などの危険性があり治療法の候補としての選択肢が得られなかった。
一方で妊娠中のホルモン分泌量が解析され、妊娠の維持には黄体ホルモンが大量に必要だとされたため、切迫早産には黄体ホルモンを補充しようということになり、大量のホルモン剤を注射することにもなった。一方で新たな子宮収縮抑制法が試みられるようになり、当初は気管支拡張剤の一部に子宮収縮も抑制する作用のあることが知られ投与が試みられていた。
その後、1986年(昭和61年)にアドレナリンの子宮収縮抑制作用のある部分を合成した子宮収集抑制剤が発売され、切迫早産の予後の改善に大きく寄与していった。現在では、他の子宮収縮抑制作用を有する薬剤も治療の選択肢に含めながら、更なる予後改善を目指している。
また、超音波診断技術の進歩により、子宮口が子宮収縮を伴わないで開いてしまう子宮頚管無力症の早期発見も可能になり、子宮口が弱くて流産、早産を生じる方への手術療法が行われ、妊娠維持期間の延長が可能となったため、新生児予後の改善につながっている。