医者のぶらぶら日記

関ブロ協議会

産婦人科領域の先生方の集まりに関東ブロック産婦人科医会という組織があります。どんな組織でも、運営を円滑に行うために中央の組織があり、幾つかの地域をブロックとして、その中に支部を設けています。関東ブロック産婦人科医会は、群馬県、栃木県、茨城県、静岡県、山梨県、長野県、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の10都県で構成されています。関東ブロックの産婦人科医師数は、東京都が含まれるため全国の1/3が所属する組織となっています。

10月22日、大宮において関東ブロック産婦人科医会関東ブロック協議会(関ブロ協議会)が開催され、お役目上出席してきました。しばらくお会いしていない先生方にお会いできるのも楽しみの一つでした。

大宮までは、静岡発8時41発の東海道新幹線ひかり636号に乗って、東京駅からは北陸新幹線かがやき523号へ乗り換え10時20分には大宮駅へ到着しました。なんと1時間39分で到着、これなら多少の腰痛も我慢できますね。

協議会では、母子保健委員会へ出席させていただきました。議題には、新生児聴覚検査における地域格差(各都県の現状)についての報告がありました。かつて耳の聞こえない3歳児の相談を受けたことから、当時まだ珍しかったABR装置を導入して当院で出産した児に四苦八苦しながら新生児聴覚スクリーニングを始めましたが、新生児聴覚検査もここまで来たかと感慨深いものがありました。新生児聴覚検査には、市町村からの検査業務委託が検査機関(分娩を取り扱う施設)に対してなされており、新生児へ掛かる検査料負担への補助を行っています。この関東ブロック圏内では452市町(東京都は区)のうち19の市町が、理由は不明ですが、公費による検査業務委託が未だなされておらず、早急な対応が希望されます。

静岡県では全市町が公費補助を行っており、新生児聴覚検査を受けやすくなっているため、ほぼ100%の検査施行率であり多くの児が早期発見されていますが、静岡県乳幼児聴覚支援センターによれば検査に対応していない産科施設もあり、100%の児が受けられるわけではないとのことでした。静岡県乳幼児聴覚支援センターでは、聴覚異常のある子どもへの早期対応を行っています。また、静岡県では聴覚検査機器(ABR)新規購入には100%の補助があり、分娩施設が新たに機器を購入する場合の負担も軽減されています。早くに100%の児が検査を受けられるようになると良いですね。

次いで、様々な講習会(J-CIMELS, CTG, NCPR, MCMC,その他、それぞれの説明はネットで調べてください)の開催状況の現状についての報告がありました。これらの医療スタッフへの講習会は母児の安全のために必要な講習会ですが、関東ブロック内の殆どの県で開催費用についての補助が無く、自腹で開催されている状況があります。

静岡県では、母児の安全のために周産期医療の底上げを期待し、羽衣セミナーと称する企画を立ち上げて周産期に関わる医師、助産師、看護師に対してCTG(cardiotocography:胎児心拍数図)の見方について、また周産期事情に関わる研修を県の補助を受けて開催しており、既に13回目を開催しました。羽衣セミナーは当初三保の松原の研修センターをお借りしてBBQを行いながら宿泊し、夜間まで研修を行ったことに始まります。

その他の協議では「5、10年後の周産期医療体制を把握し、今後の体制作りの基礎情報とするための調査」の内容について、アンケート内容をどうするかについて協議がなされました。未来状況の把握や予測は困難なことですが、この3年間の周産期医療の現状から将来の周産期医療体制を考えようということは、地域医療の継続性のためには大切なことと思います。今後、出産費用の保険化、医師の働き方改革などインパクトの大きい施策の実行が控えており、特に出産費用の保険化は周産期施設の経営を圧迫し、分娩取り扱いの中止などを行う施設が増えることが懸念されています。その他にも産科領域の将来予測は決して明るい光が見えないように思いますが踏ん張っていくしかありません。

研修会では、かつて自治医科大学で同室だった自治医科大学名誉教授、日本産婦人科医会常務理事鈴木光明先生から「HPVワクチンのインパクトと接種の推進に向けて」と付随的に日本の子宮がん検診体制についての講演をいただきました。さすがに日本のHPVワクチンの普及に向けて粘り強く頑張ってこられた経過は、敬服以外の何物でもありません。目の覚めるような研修内容でした。HPVワクチンの積極的接種の勧奨が差し控えられてからの10年、この失われた10年間に日本のHPV感染はジワジワとすそ野を広げてきました。諸外国が子宮頚がんの発生数をゼロに近づけている中、日本の女性を今以上に不幸な目に合わせてはなりません。

加えて今後予定されている日本の子宮がん検診方法についての説明がありました。検診方法としてHPV単独検診を導入し、5年毎の健診とするとの項目が検討されています。最近では本年8月に厚労省の検討委員会が開催されています(第39回がん検診のあり方に関する検討会、令和5年8月9日)。これについては、鈴木先生も大反対と声を強めて述べられていたように、日本には日本の実情、現状に合わせた健康施策が要求され、諸外国の施策、検診成績をスライドさせたような政策は決して日本の婦人のために良くないだろうと思います。先生の説明の中には日本の検診率は42%、HPVワクチン接種が30%(令和3年度接種率、第1回37.4%、第2回 34.4%、第3回 26.2%**)であり、欧米の検診率80%以上、HPVワクチン接種率80%以上に比べて日本ではがん検診、がん予防に対する実情がまだ欧米並みではなく、この状況下で欧米と同等の施策を導入することは却ってリスクが大きいと考えるとのことでした。加えて、日本の子宮がん検診では、多くの検診施設で超音波診断が併用され、少なくとも内診が併用されているため卵巣腫瘍や子宮筋腫など、他の婦人科疾患が診断されることも多くあります。日本型保健医療施策がまだまだ必要です。

懇親会の途中で鈴木先生と立ち話になったけど、かつて教授時代に研究に専念し、がん医療に挑んできた鈴木先生は、今でも研究事情の停滞に悩み、皆にリサーチマインドを持ってもらうにはどうしたら良いかって話になりました。さすがに医局員を厳しく指導してきた教授ですね。懇親会では群馬、栃木に長くいたため知己も多く、ご挨拶しながら良い時間を過ごさせていただきました。まぁ、ほぼ一番年長かと思いましたが、皆さん同じに年齢の階段を上ってきたのですね。諸所でのご活躍の様子に勇気を頂きました。こういう会議に出席してみるのも人生のブラッシュアップには良いことです。

二次会の仲間内で今後の産科医療には何を目指したら良いのかという話題も出ていました。産科医療はいわば暗闇の時代から現在の明るい時代になって、多くのことが適切に行われ、日本での周産期医療は世界で一番の医療になっています。このことは産婦人科医会も、もっともっと世間的認知を得るように努力が必要です。本当に今の妊婦さんたちは幸せな時代に居るのだと医者側からは思ってしまいます。僕たち、昭和40年代に医者になった者には、この明るさに向かって夢中で急な階段を上ってきた記憶があります。Bloody Businessと呼ばれ、血まみれの白衣のまま医局のソファーに倒れるように寝た日が何日あったでしょうか。産科学は、現在の生理学的研究などの基礎的部分の追及が進む一方で、産科的産業革命とも呼ぶべき産科医療の進歩のもと、現場の臨床医が進むべき今後の産科医療のあるべき道の一つには、メンタルヘルスケアの手法を携えることが必須になってくるでしょう。かつての産科学が暗闇の中、手探りで行われていた時代から安全な産科へ技術革新がなされたように、未だ暗闇の中の心へ全人的産科学へと変化を迫られている気がします。

二次会は、おしゃれでは無い風の昔ながら風のお店のホルモン焼きで一杯、やっぱりこの雰囲気のお店が好きな方達ばかりだ。ここのホルモン焼きもその他の料理も絶品、帰りの大宮駅新幹線へはあと2分の所で間に合った。

良い日だった。

*ABR(聴性脳幹反応) 検査とは、脳波で聴力を見る検査で、ある一定の音を聞かせ、聴覚進路の脳幹から出てくる脳波をコンピューター解析して、その脳幹反応が出るかで聞こえてくるかどうか調べる検査です。乳幼児や高齢者など、音が聞こえたかどうかを返事できない人に行なう聴力検査(他覚的聴力検査)のこと。

**筆者の書き加えです。

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